猿渡かざみ著・電撃文庫『となりの彼女と夜ふかしごはん』
あらすじ
主人公・筆塚ヒロトは冴えない平凡サラリーマン。部署移動をきっかけに仕事に対するモチベーションの低下と売り上げの低迷に悩みながら、だらだらと日々を過ごしていた。そんなある日、お隣に住む女子大生(新成人)・朝日カンナが自室の鍵を失くしてしまい、途方に暮れているところを助けてあげる。空腹に喘ぐカンナに揚げ物とビールを渡し、真夜中にぐいっと流し込むという悪行を教えてしまったヒロトはその後もカンナとともに晩酌をする事に。純粋でまじめで一生懸命なカンナの言葉や態度に、入社当時の気持ちを思い起こされるヒロトは、低下していたモチベーションを復活させ、見事に仕事の面でも成果を発揮するのだった。
本作、『となりの彼女と夜ふかしごはん』は猿渡かざみ先生の新作です。タイトルと表紙のイラストからグルメ系の小説だと思っていたのですが、実はそんな事はなく、実際はお仕事小説でした。いやー、ここで騙されましたね笑。
物語の始まりは主人公の筆塚ヒロトが上司から昨今話題のパワーハラスメントを受けているシーンから始まります。これがもう、本当に嫌味な上司の典型のようなキャラクターで、まさしく悪役になるために生まれて来たかのような人物でした。
さて、ヒロトは仕事で成果を出さなければ、海外の辺境の地へ左遷されてしまいます。かといって、仕事はチームワーク。それまでやる気ゼロだったヒロトが今更何を言ったところで、他のメンバーや部下と協力できると思えなかったのです。ここは、ヒロトに賛成です。
そんな時に出会ったのが、本作のヒロインである朝日カンナ。彼女はヒロトが住む特に好きでもないボロアパートのお隣さん。部屋の鍵を失くして自室の前で蹲っていたところを、ヒロトが部屋に上げてあげます。
一応二十歳は超えていますので、犯罪ではない…だろうと思います。新成人のカンナを部屋に上げたヒロトは彼女に対して悪い事を教えてしまうのです。
そう!深夜に揚げ物を食べ、そしてビールで流し込むという悪魔的所業を!
始めての体験にカンナはまるで小動物のように嬉しさを表します。ここがかわいいのなんのって。
そんな事がきっかけで、ヒロトとカンナは度々晩酌を共にする仲に。主にヒロトが作って、カンナが食べる。そんな間柄。
そうしてお互いの距離を近付けていく二人。ぽつりぽつりと会話を交わしていく内にカンナの人となりもわかってきました。
まじめで一生懸命。それが朝日カンナという人間でした。
そのカンナの性格と彼女の実感と熱の籠った言葉の数々に、ヒロトは次第に今までいかに自分が愚かだったのかを理解します。そうして、今更だと理解しつつ、自分の仕事に対して前向きに取り組もうと決心します。
それからのヒロトの行動は目に見えて変わっていきました。これまで自分はどれほど腐っていたのかと反省し、改善点を洗い出し、実行していく。その姿に、同僚や部下も少しずつ心を開いて行きます。
さて、本作の魅力は個性的なキャラクターもさることながら、実はそのテーマ性にある野ではないかと僕は思っています。
本作で扱っているテーマの一つとして「人はなぜ働くのか」というものがあります。たぶん。
様々な意見があるでしょう。
生きていくため、欲しい物を買うため、誰かの喜んでもらうため。
理由は千差万別、色々です。
そして、この本の中で主人公・筆塚ヒロトは部署移動をきっかけとして働く意味と意欲を失っていました。新入社員時代から培ってきた知識や経験が通用しない場所での仕事を命じられ、言ってしまえばふてくされていたのです。
そこへ現れた朝日カンナの純粋で、しかしどこか心に染みるような言動にヒロトはこれまでの自分がいかに身勝手だったのかを再確認します。
まだ、働く意味はわかりませんが、少なくともそれを見付けるために働く、という事を目的にするようになったのだと思います。
その結果として部下や同僚の信頼と売り上げ、そして左遷がなくなった、というまるで小説のような(実際に小説だけれど)展開になったのです。
おそらく、現代の社会において、多くの人がヒロトと同じように働く意味や理由を失って、それでもなお働いているのではないでしょうか?今回の猿渡先生の作品は、そんな世の中に対して一つの疑問と先生なりの答えを示してくれる本なのではないかと僕は思いました。
つまり、仕事とは仲間と喜びを分かち合うためにあるのだ、と。
さて、いかがでしたでしょうか?グルメ小説家と思っていたらお仕事小説だった。そんな勘違いから購入した本作でしたが、実際に読んでみると唸らされる内容だったと思います。
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それではまた、次回お会いしましょう。さよなら。